卓話
2025年9月
卓話『ロータリーの今』2025年9月29日
RI第2750地区2025-26年度 山の手東G ガバナー補佐 久保 弘憲様
今年5月に私の所属しております東京西クラブはおかげさまで創立70周年を迎える事ができました。晩餐会には多くの方にお祝いに駆けつけていただきありがとうございました。
私がロータリーに入会したきっかけは、父が西クラブのチャーターメンバーという事もあり、私が生まれる前から父が西クラブのメンパーということになります。
というわけで、クリスマスの家族会などには、もの心ついた頃から参加させていただいておりましたし、そして決して真面目な会員とは言えませんが18歳からローターアクトでも活動させていただきました。ロータリークラブとのかかわりは大変長いものとなっております。
RI会長の紹介および、方針
皆様ご存じのとおり、RI会長として確定しておりました、マリオ・デ・カマルゴ氏が年度が始まる直前の6月に突然辞任するという事態がおこりました。
私の記憶では初めての事でしたので、大変驚きました。もちろんRIの方も混乱されたと思われましたが、年度がスタートする前に、辞任から約3週間程度でフランチェスコ・アレッツォ氏の就任する事が決まりました。正直もっと時間がかかるのではないかと、勝手に予想しておりましたが、早い対応をされたので驚きました。
フランチェスコ会長は、イタリア出身でラクーザロータリークラブの所属です。職業は歯科医で、田中ガバナーと一緒です。
前マリオ会長エレクトが発表したテーマと方針については継承するという発表がなされたので、地区内や各クラブにおきましては大きな混乱にはならなかったと思われます。
したがいまして今年度のテーマは、「UNITE FOR GOOD 良いことのために手をとりあおう」となりました。
ここからは、RI会長の方針のさわりの部分を紹介させていただきます。
辞任されたマリオ会長エレクトは、増強と活性化をかなり強力にうったえていたようですが、フランチェスコ会長は増強はもちろん大切であるが、会員維持の重要性もうたっております。
その辺りは温度差が少しあるように感じます。
そして重点的な取り組みとして、ポリオの撲滅、会員増強、平和の3つを掲げております。この3つは田中ガバナーの掲げる推進事項とほぼ共通しております。
RIから聞こえてくる話の中で私が気になっている点が2つあります。これは決して否定するものでなく、個人的な感想としてお聞きください。
一つは継続性を重視しているという事、単年度制が成長の弊害となっているという考えです。
もう一つは、
ロータリー以外の他団体との積極的な連携が会員増強につながるという事です。
確かにどちらも大変重要でありますが、単年度制は決して弊害ばかりでなくメリットもあるような気がします。
又、他の団体との活動を積極的に増やす事は、ロータリーらしさが少し薄れるような気がします。
今年度ガバナーの紹介をさせて頂きます。
田中 靖さん
【所属】東京小金井ロータリークラブ
【職業分類】歯科医
【生年月日】1963年6月11日生
私と同い年ですが、とても頭の切れる方で、ロータリーに対する熱い思いが伝わってくる大変素晴らしい方です。
そして、今年度の推進事項として、3つ掲げております。
1.ポリオ撲滅
2.環境
3.平和
です。先ほどのRI会長の方針とポリオと平和の2つが一致しております。
ここからはRIが掲げるビジョン声明と4つの優先事項についておさらいしたいと思います。
昨年ガバナー補佐をお勤め頂いた、青柳さんからも大変丁寧にご説明がありました。
何度も聞いていると思いますが、重要なものなのでおさらいしたいと思います。
ビジョン声明は、
私たちは、世界で、地域社会で、そして自分自身の中で、持続可能な良い変化を生むために、人々が手を取り合って行動する世界を目指しています。
4つの優先事項は、
より大きなインパクトをもたらす
参加者の基盤を広げる
参加者の積極的な関りを促す
適応力を高める
4つの優先事項について、ごく簡単に補足します。
◆より大きなインパクトをもたらす
財団などを積極的に活用して、単独でなく別のクラブなどとも協力してインパクトのある活動を行う。それらを知らしめることで、ロータリーの存在を示す。
◆参加者の基盤を広げる
これは単なる増強という意味でなく、ロータリー以外の他団体との積極的な連携をとることによりロータリーの事をより理解してもらい、増強にもつなげていくというものです。そして、多様な会員構成により基盤を作るということも含まれます。
◆参加者の積極的な関りを促す
仲間として迎えられ、大切にされていると感じられる環境をつくる。それによって積極的に参加しやすくなり、仲間が増えて、帰属意識が高まる。平等であるということ。
◆適応力を高める
こちらは、時代の変化への対応が必要であるということを表しております。
2750地区の方針もこの切り口でまとめられておりますし、各クラブにおかれましても方針をまとめる際に、これらを年頭において作成いただいております。
又、継続性を重視という考えのもと、ご存じのとおり3Yers Goolというのを定められております。私の記憶では単年度目標だけでなく、3か年の目標を設定しようという話は、10年以上前から出ていた話で、ようやく定着してきたと感じます。
是非とも進捗状況を会員の皆様とこまめに共有しながら、必要に応じて素早く修正もして頂くことをもお勧めします。
ロータリーには年間15万人が入会しておりますが、なんと年間16万人が退会しているというデータがあるようです。この中の3年未満の退会者は約50%です。この話を聞いて本当に驚きましたしとても残念に感じました。
このデータからも、何故フランチェスコ会長が会員維持が大切であると言っているかがわかります。ただ会員維持といっても、どのようなアクションが必要か難しいところもありますが、私は会員の推薦者の役割が重要だと感じております。
やはり最初が肝心で、入会してから2年~3年くらいは是非とも気にかけるようにして頂く必要があるのではないでしょうか?
最後にロータリーは120年にわたって続けられてきました。これからも継続していくためには、時代に合わせて変化する事が大事であるということは間違いありません。しかし、不易流行という言葉があるように、「変えるべきことと、変えてはならないことの峻別も大切」です。
120年もの伝統あるロータリークラブにおいては、そのあたりを慎重に考えながら進める事が重要だと私は思います。それはRIに考えていただかなければならないところですが、六本木ロータリークラブにおいても20年以上の歴史があり、そこで築いてきた文化やすばらしい風土があるわけです。なんでもかんでも変れば良いというのは、言うまでもありませんが危険だと思います。
少し個人的な、感想も交えてお話をさせて頂きましたが、RI方針や地区の方針については、田中ガバナーからより詳しくお話頂けるとおもいますので、ご期待ください。
六本木ロータリークラブの皆様の益々のご活躍を、祈念申し上げ私の話を終わりたいと思います。
卓話『サムライ弁蔵水くわし売り出し191年~千疋屋総本店のブランド経営による付加価値創造~』2025年9月1日
(株)千疋屋総本店 代表取締役社長 大島 代次郎様
千疋屋総本店の存在意義は、日本の果物を最高の形で届けることで人と人との懸け橋になることです。日本の果物は非常に品質が良いと評判で、その品質の良さをギフトという形で商売にしています。わたしたちは世界に誇る日本の果物を、時代に応じて最高の形でお届けすることを通じて、生産者とお客様、送る人と送られる人を、喜びと感謝の気持ちで繋ぐ架け橋であり続けます。1834年天保5年に創業した千疋屋は、今年で191年を迎えました。
現在の埼玉県越谷市、武蔵国埼玉郡千疋の郷の侍だった大島弁蔵は、三尺ある長い槍を達人とした槍の名手でした。大島流の道場を構えていましたが、道場経営では立ち行かなくなり、旧吉原にあったおやじ橋のたもとで果物や野菜を売る露天商となりました。これが千疋屋のはじまりです。このあたりは江戸三座のうちの二座があり、庶民の町として非常に賑わっていました。歌舞伎を観に来た人にフルーツを売り、あるいは芝居が終わってお土産に持って帰る人をお客様にしていたかもしれません。当時の看板が本店に残っているのですが、「水菓子安うり処 千疋屋総本店」と書いてあります。水菓子とは当時江戸で呼ばれていた果物のことです。菓子と呼ばれていただけあり、甘く高品質な果物が出回っていたようです。現在はギフトというひとつの売り方をしていますが、海外では果物をギフトにするという文化はあまり聞きませんし、フルーツ専門店もほとんどありません。明治に入って以降様々な果物が日本に入ってきて品種改良を重ね、高品質なもの、より美しく優れたものであることと、「水菓子」という言葉があってはじめて、今の商売に結び付いているのだと思います。
二代目文蔵の時代には、千疋屋という屋号で売られている果物はおいしいということと、文蔵の妻のご縁で、八尾善や百川などの料亭にあがるようになり、そこから高級路線になりました。
代次郎という名前は明治に入り、三代目代次郎から続いているものです。おやじ橋のたもと、人形町3丁目にお店があったのですが、明治には日本橋本町に、当時としては最新式の洋館3階建ての店舗をかまえ、2階にはデザートをお召し上がりいただけるフルーツパーラーができました。当時は西洋を崇拝する風潮があり、果物だけではなく、ウイスキーなどの海外のものを詰め合わせたギフトバスケットの販売を始めました。このころからギフト屋として定着していったように思います。
四代目代次郎になると、現在の世田谷区上馬に3000坪の大農園を開設しました。西洋の豊かな生活をということで明治時代に宮内庁がマスクメロンを日本に入れ、新宿御苑の温室試験場で栽培していましたが、大正になると民間に苗が売られるようになり、わたしたちも温室でメロン栽培を開始しました。
関東大震災で洋館の店舗が全焼してしまい、その後に建てたのがバラックの本店です。関東大震災のあとは衛生的なことが商売になり、地下に床屋も併設していました。産地は比較的被害が少なく、東京はほとんど全焼という状況でしたが、すぐに復活して品物も揃えることができたそうです。またブランディングの一環として当時流行していたTフォードで配達をしていたということです。
五代目代次郎はわたしの父の代で、高度成長期、昭和のいい時代でした。
そしてわたしの時代は千疋屋リヴァイタルプロジェクト、再構築プロジェクトを立ち上げ、2001年4月にプランニングをはじめました。また2002年にブランディングでロゴを変更し、さらに2021年ブラッシュアップして現在のロゴになっています。ブランディングは明文化することが大切で、千疋屋でも文章を中心に社員教育や商品のデザインに活かしています。現在はシンガポール、タイ、香港の3か国に展開をしており、昨年からは西海岸を中心に、日系のミツワという高級スーパーにも進出しました。日本では明治時代に8店舗にのれん分けをしましたが、震災や戦争などにより、現在は3つが残っています。この3つをどのようにしてクオリティコントロールしていくかということで、「100年後も千疋屋であり続けるために」をテーマに、2008年に「千疋屋・2008年共同宣言」を発表しました。
千疋屋は、果物を中心とした商品構成、絶対安心と言い切れる品質の維持、屋号と日本橋、ロイヤリティの高い顧客、こういったものを守らなければいけないと思います。そして新しく手に入れなければいけないものは、時代の流れへの即応力、チャレンジスピリティあふれる社風、ブランド拡張力と事業展開、屋号と価格が見合う洗礼感と気品です。バブルが崩壊し、ひとつ手を伸ばすと届く豊かさを表現しようということで、商品構成などを見直しました。商品自体の値段を下げ、しかし高級路線をやめるわけにはいかないので、フルーツを使った生菓子を展開し、時代の流れに乗ってここまでくることができました。
千疋屋の店是は、三代目代次郎が作った「一 客、二 店、三 己」です。また大島家の家訓は「勿奢(おごることなかれ)、勿焦(あせることなかれ)、勿欲張(よくばることなかれ)」人間謙虚でいなければならないという、侍道を感じる家訓です。わたしはこれが大好きで、今でも掲げています。
100年後も千疋屋であり続けるために、これからも頑張っていきたいと思います。
ご清聴ありがとうございました。