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卓話『森と木の視点で描く未来』2025年11月17日
住友林業株式会社 特別顧問 佐藤 建様
住友林業の創業は1691年、住友家が別子銅山を開坑した時にまで遡ります。当時の銅山は坑道を支える坑木や、銅の精錬に使用する燃料用の木材など、木を大量に必要としました。以来別子銅山は江戸から明治にかけて大きく発展していくのですが、その過程で木材の過剰伐採や煙害で周辺の山々はひどく荒廃してしまいました。この状況を憂えた住友家第二代総理事の伊庭貞剛は、国土報恩・自利利他の精神をもって山を元に戻さなければいけないと、大造林計画を策定し実行に移します。多い時には年間200万本以上の植林を行い、長い年月をかけて森を育ててきました。ESGやCSRという言葉がなかった時代からこのような事業を営んできたことが当社事業の原点です。
現在世界11か国で事業を展開しており、2024年12月期の実績で売上高は2兆537億円、経常利益は1980億円でした。国内で保有している山林は48,000haで、これは国土面積の約1/800に相当します。海外では森林ファンドで購入している分も合わせて317,000haほどの森林を保有・管理しています。また国内では年間8,000棟前後の注文住宅を販売しています。特徴は通常の柱の5倍の幅を持つビックコラムを用いた木造梁勝ちラーメン構造の住宅です。アメリカではテキサス州やワシントン州を中心として年間11,000戸強の住宅を販売しており、これは全米のビルダーの中でトップ10に入る規模です。オーストラリアでは2024年9月に同国のナンバーワンビルダーであるメトリコン社を連結子会社化し、断トツのナンバーワンビルダーという地位です。
産業革命前と現在を比較してみると、世界のCO2排出量が増加し大気中のCO2濃度が高くなり気温は1.55度上昇しています。パリ協定では1.5度以内に抑えようという目標を掲げていますが昨年でその水準を超え、グリーンランドや西南極の氷床融解が大きく進んでいます。このまま温暖化が進むと海面上昇で居住地を追われる人々が増え、異常気象で水や食料の供給が極めて不安定になり、貧困や飢餓、人や国の不平等は今以上に深刻になると予想されます。日本は2013年に12.4億tであったCO2排出量を2050年までに実質0にするという目標を発表しています。20世紀後半以降、人類社会が地球環境にかける負荷が等比級数的に増大、人口は3.1倍に拡大しているほか、エネルギーや水の使用量も拡大しています。それを受けて二酸化炭素やメタンの増加、熱帯雨林の消失も進んでおり、スウェーデンの環境学者ヨハン・ロックストローム博士らは地球には限界があることを示し、2009年と2023年の比較でも環境はかなり深刻な状態にあります。
世界森林資源評価によると、1990年からの30年間で1億7800万haの森林が消失したというデータがあります。これは日本の国土面積の約5倍に相当します。減少速度は年々鈍ってはきていますが、特に熱帯雨林を有した国で多くの森林が消失しています。日本はどうでしょうか。日本の国土面積の約66.4%は森林で、戦後植林し樹齢50年を超える林が人工林の60%以上を占め、今伐りどきを迎えています。そして森林の蓄積量はここ5年間では年間6,000万㎥ずつ増えており、世界の森林は大きく減少しているのに対し、日本では蓄積量が増えています。
人工林を伐らずに保全した場合と、伐った木を活用して再植林をした場合、どちらが排出されるCO2の抑制に繋がるのでしょうか。結論は、伐って再植林をしたほうが抑制力は高くなります。伐った木材には炭素が固定されており、家具や建材として利用することで炭素を長期間固定するほか、化石燃料由来の素材やエネルギーをバイオマス由来に代替することでCO2排出回避効果が生まれるためです。
世界の産業別CO2排出量のうち37%は建築セクターから排出されていると言われています。建物を建てる際には生成過程で大量のCO2が排出される鉄骨やコンクリートよりも木を使用することで排出量を削減できます。木は大気中のCO2を吸収しているため、その木を燃やしたとしてもCO2の絶対量は純増にはなりません。上手に活用することによってCO2の排出抑制に繋がります。現状日本の住居は64%が木造となっていますが、非住居の木造率は8%しかありません。住友林業では高層ビルも含めてもっと木を使っていきましょうという取り組みを行っています。2018年に発表したW350計画は、創業350周年にあたる2041年を目途に鉄骨とのハイブリット建築で350mの超高層木造ビルを建てる技術を持とうという研究・技術開発構想です。この計画を発表したことを機に世界の木造建築を見学し、2019年にLVLという素材とポストテンションを用いて構造強度をもたせるという先進的な方法で筑波研究所の新研究棟を建築しました。その後もメルボルンで2023年に15階建のオフィスビルを建築し、iFデザインアワードという世界的なデザイン賞を受賞しました。またアメリカやイギリスで純木造のオフィスビル、そして今年は社宅を木造とRCの混構造で建築しました。真ん中にRCコアを配置し、地震の水平力はすべてRC部分で吸収し木造は垂直にかかる力しか負担しないという特徴的な作り方で、木造建築の可能性を広げる取り組みを続けています。
森林資源の活かし方のひとつとしてカーボンクレジットがあります。日本国内ではJ-クレジットが発行されています。しかし発行量は世界の年間約2億5000万tに対して、日本は12年間の累計で1,125万tですから、あまり活用されていません。森林由来は2023年から急激に伸びていますが、それでも年間60万tぐらいしか認証されていません。日本の森林は年間6,000万㎥増加しており、これはCO2に換算すると4,000万t程度になります。その1割でもクレジット化ができればかなりの価値が生み出されることになります。
多くの森林由来のクレジットは、森林が荒廃して蓄積量が減ってしまうことに対して手を入れるREDD+(レッドプラス)型ですが、どれぐらい森林蓄積量が減るかはあくまでも見積ベースですので、辛く見るか緩く見るかで数字が随分変わってしまいます。これをなんとかしようという取り組みが世界で行われており、IC-VCMというイニシアティブが立ち上がりました。高品質なクレジットの要件を定めて品質を保証するラベルを発行しています。また航空業界ではCORSIAという航空業界のための炭素オフセットと削減のための枠組みもあります。
日本のJ-クレジットはIC-VCMやCORSIAの要件に合致しておらず、現在は方法論を絞って申請をしていますが、残念ながらその中に森林由来のクレジットは含まれていません。現在住友林業がアメリカで行っている森林ファンドは15年間で1500万tのCO2を吸収してカーボンクレジットでも収益を生もうという取り組みですが、主にACRというボランタリークレジットを発行して販売しています。わたしとしては日本でも国際的に通用するようなクレジットを発行できるようにしていきたいと思っています。日本は世界で作られたルールに自分たちを適合させていくことは得意なのですが、世界に認められるルールを作ることは苦手としているのではないかと思います。
住友林業は自然資本と密接に関わる事業を行っています。森林が減少するのではなく、森を増やすことが収益を生む仕組みや社会を実現していきたいと思います。様々な環境認証で高い評価を受けていますが、これからも森と木を最大限に活用することで地球環境への負荷を減らし、サスティナブルな社会に貢献してまいります。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
ご清聴ありがとうございました。
卓話『ロータリー歴50年を振り返って』2025年11月10日
東京六本木ロータリークラブ 淺田 豊久会員
淺田屋の始まりは、萬治2年(1659年)、加賀藩四代藩主前田綱紀公より、初代浅田屋伊兵衛が加賀藩の御用飛脚を命ぜられたことに遡ります。
御用飛脚というのは、加賀藩から幕府への重要な書類などを伝達するお役目です。道中の危険は並大抵ではないため、万一のことを考え、常に2人1組で勤めていました。それらの功に対して、淺田家は加賀藩から五人扶持を与えられ、苗字帯刀を許されました。淺田屋は、明治維新まで約200年間、代々江戸三度を勤続しました。
時が降り、明治の世になって、御用飛脚を加賀藩に返上し、旅館業を創業しました。そして、戦後、金沢に料亭を開業しました。
私のロータリー歴といいますと、1973年に金沢北ロータリークラブに入会したことに始まります。その後、1991年に東京西ロータリークラブに移籍をしました。金沢北ロータリーから東京西ロータリーへの移籍にあたっては、空白の期間が生じないよう、金沢北ロータリーでの手続を終えてからすぐに西ロータリーの金曜日の例会に参加したことを覚えています。その後、西ロータリーの50周年記念事業として東京六本木ロータリークラブが創設され、幹事の小島篤さんの誘いで六本木ロータリーに移籍しました。
東京西ロータリーでの思い出の一つに、シカゴロータリークラブ(ロータリーワン)の90周年の前の年に、同クラブを訪れたことがあります。東京西ロータリーは国内で唯一、ロータリーワンと姉妹クラブを締結しており、そのご縁からでした。ロータリーワンの90周年には、東京西ロータリーから大勢のロータリアンがシカゴにお祝いに駆けつけたのでした。
私のロータリーでの大切な経験の一つに、留学生のメアリーを我が家で受け入れたことがあります。彼女は1年間金沢に留学したのですが、そのうちの3か月間我が家で家族として過ごしました。彼女が帰国した後も家族ぐるみの付き合いは続き、彼女が結婚してパリに住んでいる時も私がパリを訪れ、現地のロータリークラブにメーキャップに行くなどしました。私が国際ロータリー第2750地区のガバナーであった2019-2020年度の地区大会にも来て頂き、一緒に登壇してもらいました。このような家族ぐるみのお付き合いが世界に広がることも、ロータリーの大きな魅力の一つでしょう。
私が考えるロータリーの役割というのは「無用の用」という点ではないかと思います。「一目の網は鳥を得ず、鳥捕る網はただ一目」という中国の思想家集団の言葉があります。
この発想の意味するところは、
もし今、仮に一万の網目を持つ網を張って鳥を捕まえようとする、早速鳥が網にかかった、今日のおかずが出来た、と猟師さんは喜ぶ。一羽の鳥を捕獲するために用をなしたのはただ一目の網であった、では残りの9999の網目は不要だったのか。
しかし、鳥を取るために一目だけの網を鳥の通り道に張り続けても、鳥は永遠に捕獲することは出来ない。
ロータリーとは、と考える時に必要になるのは、この用をなさなかった9999の網目のことなのではないのか、今必要ではないが、いざ、と言うときに必ず必要になる、それがロータリーではないのか。即ち9999の網目が用をなした
「無用の用」
という中国の思想家集団が千年の昔に考えた思想が、現在のロータリーの社会貢献、国際貢献、自己研鑽などのプログラム実行の際に自然に反映されているのだと考えています。
私は最近まで一般財団法人比国育英会バギオ基金の会長を務め、フィリピンのバギオで子供たちにランドセルを寄贈するなど、毎年活動を続けました。六本木ロータリーからも、何人もバギオに来て頂きました。
私の50年のロータリー歴が、何か皆様の参考になるところがあればと思っています。
以上
卓話『日本の地方創生を考える~北海道の酒蔵(三千櫻)と富山の劇団(SCOT)のケースから学ぶ』2025年10月27日
東京六本木ロータリークラブ 宮永 雅好会員
2014年に地方創生の取組が本格的に始まって以来、東京圏への一極集中や地方の人口減少などの課題は未だ残されています。こうした中、令和7年6月に今後10年間を見据えた「地方創生2.0」の方向性を提示する「地方創生2.0基本構想」が閣議決定されました。ここで提示されている政策パッケージには、稼ぐ力を高め、付加価値創出型の新しい地方経済の創生の施策として、多様な地域資源の一体的な高付加価値化が掲げられ、地域資源の高付加価値化の取組の強化として、「酒類」や「文化・芸術」が示されています。そうした地方創生の事例として私が経験した酒蔵再建と文化活動について紹介させていただきます。
最初は、岐阜県から北海道に移転して新たな出発をした「三千櫻酒造」の事例です。三千櫻は1877年に岐阜県恵那郡田瀬村(現・中津川市)にて創業しましたが、2010年代に入ると施設が老朽化したことに加え、地球温暖化の影響で、夏場には醸造が困難になるほどの高温になったことから移転を模索。大雪山系の湧水を背景に酒造会社の誘致を目指していた北海道上川郡東川町の公営酒蔵の公募に応じて、2020年に同地へ移転することとなりました。その際に課題になったのは、資金と予算です。
東川町は町営酒蔵を作るにあたって、自己資金を使わずに設立したいという意向があり、その際に考案されたのが一定の要件を満たせば80%の償還金が免除される「辺地債」による資金調達でした。つまり10年後の償還財源を民営事業者に負担させるスキームです。当時、新規に酒蔵を建設し、既存の設備を移管した場合にかかる総コストは、3~3.5億円程度と見積もられました。したがって、三千櫻としては、6~7千万円の資金を確保すれば、移転は可能になります。しかし、三千櫻の財務状況は非常に厳しく、当時の売上高は30~40百万円程度で、利益は赤字、有利子負債は58百万円で債務超過状態でした。
そこで、三千櫻の山田社長は、米系投資銀行をリタイアしたばかりのお酒好きのN氏に相談し、N氏は必要な資金(70百万円)の調達をするため、出資者を探すとともに、私にも声をかけ、この企画を進めるべくチームを組成しました。調達した資金は80百万円で会社の債務超過は解消され、東川町に要求された投資資金の20%の70百万円は預託金として預けることでこのプロジェクトは実現されました。移転後はマスコミ活用や東川町とのコラボ、地元の酒米を使った商品開発や高付加価値商品の販売など様々な努力によって、売上高は移転前から5倍以上に増加。粗利益率も改善し、2023年には累損を解消。2024年には配当も実施できました。
次の事例は、文化・芸術です。私は今年の9月に富山県の山奥にある富山県東砺波郡利賀村で行われた『SCOTサマー・シーズン2025』に参加してきました。利賀村は、岐阜県境に接する過疎の村で、東西23キロ、南北52キロ、村のなかを移動するには、クルマに乗っても1日がかり、しかも山また山といっていいくらい平地がない。冬になると、平常でも3メートル、多いときには4メートルの積雪がある。実際に訪れると、山なみのあいだを渓流が走り、田畑にも豊かな恵みが見られる風光明媚な村落です。
このSCOT(Suzuki Company of Toga)とは、演出家鈴木忠志氏の主催する劇団で、1976年に東京から富山県利賀村に拠点を移し、合掌造りの民家を改造した劇場を利賀山房と名づけて活動を始めました。利賀村と協力して、野外劇場・稽古場・宿舎などを増設してきました。利賀におけるSCOTの活動は世界の注目を集め、利賀村は一躍、世界の演劇人に聖地の一つと言われるようになり、1982年には、日本で初めての世界演劇祭「利賀フェスティバル」を開催、毎年世界の舞台芸術家が利賀に集まり、スズキ・トレーニング・メソッドの訓練や作品づくりの稽古をしています。
移転当時の村の人口は1630名でしたが、その後人口は減少傾向が続き、鈴木氏は、利賀村と協力して、民家を買取る等して、野外劇場・稽古場・宿舎などを増設し、スズキ・トレーニング・メソッドの訓練や作品づくりの稽古の活動を拡大していきました。こうしたSCOTの活動は世界の注目を集めるようになり、利賀村は一躍、世界の演劇人に聖地の一つと言われるようになりました。1982年には、日本で初めての世界演劇祭「利賀フェスティバル」を開催し、毎年世界の舞台芸術家が利賀に集まり、スズキ・トレーニング・メソッドの訓練や作品づくりの稽古を行っています。
一方で、現在の利賀村の人口は400人程度まで減少しています。つまりSCOTがいなければ、廃村になってしまったかもしれません。しかし、SCOTの活動で日本ばかりか世界から人が集まることになり、現在は、SCOTの活動する主要な施設は、富山県に移管され、施設のある一帯は富山県利賀芸術公園と命名され、その運営は県からの支援を得るにいたっています。
今年の『SCOT SUMMER SEASON 2025』は鈴木氏が利賀に移って50周年を迎え、8月22日から9月14日までの間、4回の週末に開催されました。チケット7,000枚は発売日からすぐに完売。このシーズンには9,000人が利賀村に訪れるという盛況なイベントとなりました。