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卓話『AI時代の経営のあり方』2026年5月25日
シナモンAI代表取締役社長 平野 未来様
わたしがAIを研究するようになったのは20年前です。当時データが爆発的に増えてきた中で、無限のデータと有限の人間の認知を繋ぐものとしてAIが必要になるだろうと思い研究をはじめました。
人とAIの違いを聞かれることが多いですが、ポイントが3つあります。ひとつは感情です。最近は進化をしているので感情があるように振舞うこともありますが、これまで人間がアウトプットしてきたものを学習しているだけで、AI自体が感情を持っているわけではありません。そしてAIは意志を持つことができないので、AIに乗っ取られるなどと言われることもありますが、それはないと思います。チャットGPTはただただ次の単語を予測しているに過ぎず、意志を持っているわけではありません。意志は人間しか持てないもので、今後もっとも大事な要素だと思います。最後は身体です。細胞があって血が流れているわたしがこの場でお話をすることと、ロボットが話をすることは、おそらく感じ方が違います、それはわたしの身振り手振りや表情で感じ取れるものがあるからです。わたしが意志に注目しはじめたのは、チャットGPTが出たころでした。それ以前のAIの進化はまだまだ遅く、しかしチャットGPTが出てからはものすごい勢いで進化していきました。今後は、人間が意志を持つとAIがどんどん叶えてくれる時代になるだろうと考えています。
わたしたちは、人の意志と判断を支える組織の知能拡張プラットフォームを作ろうとしています。知能拡張プラットフォームとは、紙をデジタル化して構造データを抽出するOCRと、データをナレッジ化して難しい検索も可能にするRAG、複雑なものも簡単に作れるようにするAIエージェントの技術要素を足したものです。これらを組み合わせ、一気通貫してナレッジに関する様々な業務を自立処理することを考えています。
これから人とAIが一緒に働くことが多くなると言われている中で、それはどのような形なのでしょうか。これは意志、判断、実行という3つの層に分けられます。意志は人間しか持ち得ないので人間が行い、実行は基本的にAIに任せます。難しいのは判断で、どのように設計していくかがこれから人とAIが一緒に働いていく姿を実現するレバレッジ・ポイントになります。判断には3種類あり、一貫性や再現性が実返できる、要するにマニュアルに落とせるかというルールは、優秀であるが故マニュアル化が徹底されていない日本にとってはこれから必要になると思います。しっかりドキュメントが書かれ言語化されていることが判断の重要なポイントです。複数の価値観や複数の意志が衝突するトレードオフは、案を出すことしかできないAIが判断をすることはできません。結果どうしていくのかは人間にしか決められません。そして日々起きる想定外の出来事もまたAIが行うよりも、責任主体をはっきりさせて人間が対応していくべきところだと思います。
これまで競争優位というのは、いかにお客様を抱えているか、いかに財務資本が厚いかが源泉になりがちでしたが、これからAIがどんどん仕事をしてくれるような世の中になってくると、意志を持つこと、意志がどれだけクリアであるかが、より競争優位の源泉になっていくだろうと考えています。とくに経営者にとってAIがもたらす価値は、情報の非対称性の解消や、脳のメモリを空けて本質に集中できるようになる認知の開放、さらに自分ひとりではたどり着けなかった思考や判断の質に到達できる認知の拡張など、単純に業務の効率化だけには留まらず、経済合理性の最大化にも繋がっていきます。
AIというのは増幅器です。意志がクリアな状態でAIを使うといい形で影響が大きくなりますが、意志が濁った状態で使うと悪い状況で拡大化されていきます。意志を持てるのは人間だけですが、経営者がクリアな状態で意志を持つことが重要だと考えています。また認知拡張には深さもあり、AIと話をしているうちに自分の戦略の盲点に気が付いたり、違う形が見えてきたりします。そして自分がまだ問えていなかった問気に気付くことができる、AIが思考パートナーになってくれます。
紙飛行機が自分の目の前にあることを想像してください。紙飛行機の上に、自分はこうしたいという意思を乗せます。そして紙飛行機を自分の意志の力で前に飛ばしてみてください。ひたすら飛んで行った場合は意志が完全にクリアな場合です。飛び方がいまいちだった場合は他人軸が入っています。すぐに落ちてしまった場合は自分に嘘をついています。これはわたしが見つけた紙飛行機メソッドです。これまでの経験上、意志が完全にクリアな時は物事がどんどん実現されてきました。クリアではない時は、自分の理想像から割り引かれて実現されていきました。意志がクリアではない時はどうしたらいいのかを考えていくメソッドとして、心をすませばという本を出版しておりますので、ご興味があれば読んでいただけたら嬉しいです。
ご清聴ありがとうございました。
卓話『-若者の孤立を防ぐ-未来に希望を持てる社会を目指す取り組み』2026年5月18日
認定NPO法人D×P 理事長 今井 紀明様
わたしは22年前のイラク人質事件の生き残りです。当時バッシングもたくさんあり、自己責任論が問われました。反省すべきことも多くある中で多くの方に助けていただき、それを運が良かったで終わらせたくないと思い、認定NPO法人D×Pを立ち上げ、今年で15期目になります。
D×PはDreamとPossibilityをかけるという意味です。個人だけでも7000人、法人も200社以上と契約をさせていただいていて、年間予算3.7億円のうち約90%が寄付によって運営しています。多くの方にご支援をいただいており、またYouTubeやテレビなどでも活動を取り上げていただいています。
設立当初から、「一人ひとりの若者が自分の未来に希望を持てる社会を作っていこう」という思いで活動をしており、その中で特に10代の孤立に着目しています。子ども食堂は現在1万個所以上に増え、NPOも増えてきましたが、今課題としてあるのは貧困だけではありません。現在小中高校生の不登校の数が過去最多で、少子化にも関わらずここ数年単位でも2倍近くに増えています。また虐待や自死者の数も過去最多で、子どもたちを取り巻く環境というのはお金だけではなく、頼り先がないということなのだと考えました。家庭と学校に頼れなかったら子どもたちにはセーフティネットがありません。ですので、D×Pは多くの寄付をいただいている中で、企業や行政、国が手を付けていない、なかなかできないことを解決しようと活動してきたことが現在の事業に繋がっています。
独自で行っているオンライン相談の現場では、おそらく皆さんの想像よりも多くの数の相談が寄せられます。親にお金を取られている、また親御さん自身が精神疾患の当事者という理由で、家事をしながら学校に通っている若者も少なくありません。LINEで繋がって相談を受け、卒業や就職など制度に繋がるまでのサポートを一気通貫として様々な機関と連携しながら行い、現在までに登録者は2万人を超えました。支援の内容としては、周囲に頼ることができず生活に困窮し、滞納や借金などの問題に直面しているような相談の割合が5割ほどあるため給付金で状況を改善していくということと、食糧支援を行っています。支援をしていた子が看護師になり、寄付をしましたと連絡が来た時には、嬉しい気持ちでいっぱいでした。オンライン相談は繁華街の支援とはまったく別で、自分で繋がって問題の言語化ができる子が多いので、学業継続や就職など支援の結果が出やすいです。現在ではD×Pの支援がきっかけで、国としてもオンライン相談に向けた動きや学生支援の予算をつけるなど、徐々に進んでいるところです。
D×Pは、自分たちからは絶対に大人と繋がらない子どもたちの支援を大阪でも数少ないかたちでやっています。2020年のコロナ禍、学校や家に居場所がない子たちが繁華街に流れてきて、グリコの看板の下でコミュニティを作り始めました。それがグリ下です。繁華街は性犯罪や性的搾取、オーバードーズなどのトラブルに巻き込まれやすい現場です。わたしたちは2022年からテントを出し始めたのですが、最初は反社会的なグループとのトラブルにつながるリスクも懸念していましたが、企業や商店街の組合、自治体など、色々なところに挨拶に行ってスタートしました。どんなに暑くても寒くてもテントを出して食事の提供などをした結果たくさんの子が来てくれるようになり、徐々に広がっていきました。
子どもたちはすごくしんどい経験をしてきていました。虐待、性虐待、経済的搾取など、学校で相談してもなかなか対応してくれなかったというような経験もあったようです。住居がなく友達や男性の家を転々としている子も少なくなく、これはテントだけでは対応できないと、2023年に7000万円をかけて独自で支援拠点ユースセンターを立ち上げました。週2回のオープンだけで年間5000人に利用されています。食事をしばらく食べていない子が来たり、オーバードーズで救急車を呼んだりと本当に大変ですが、その大変な現場を社会福祉士や精神保健福祉士、元学校教員などのスタッフが担ってくれています。
ここは相談機関ではありません。相談機関としてしまうと子どもたちにとってハードルが高くなってしまうので、最初は居場所として活用してもらい、結果相談に繋がるようにしているのが特徴です。地域の組合にも入り、ゴミ拾い活動や秋祭り、地域のカラオケ大会などにも参加しています。しかし初めて来た子が相談に至るまで長い月日が必要な場合が多く、すぐに目に見える形で結果が出ないため厳しい現場だなと日々思っています。
D×Pはとにかく連携する機関が多く、わたしたちはあくまでも場所を持っていて、相談できる機関を提供しているのですが、その支援がきっかけで大阪市が住居支援に踏み出してくれました。また妊娠相談や各種行政のサポートもできるようにしていて、行政機関の方にも来ていただきやすい場になってきたかなと思います。
繁華街は犯罪に巻き込まれやすく、ユースセンターの設置により、犯罪に巻き込まれにくくする、福祉や医療機関に頼りやすくできる現場を民間から作っていこうとしています。成果として大きかったのは大阪府知事と大阪市長が、大阪市が主催する「グリ下会議」にお越しくださり、協定を結んで住居支援に動いてくれたことです。また去年こども家庭庁でも予算化され、福岡県でも対策されるようになりました。東京都では独自で2億円の予算をつけて、きみまもという相談窓口を開設し、D×Pの事業も参考にしていただいています。
わたし自身生き残って22年目になりますが、家族、友人、たくさんの方々のおかげでD×Pを立ち上げ、本当に多くの方々や民間の資金で成り立ってきました。今、札幌や名古屋でもグリ下と同じような現象が起きています。個人法人ともに今後ともご支援いただき、民間からセーフティネットを作っていくという意味で、国や行政ができないことに参画していただけると嬉しく思います。
本日はご縁をいただきありがとうございました。
卓話『江戸時代の誤解を解く-江戸日本は経済大国だった?-』2026年4月13日
東京大学金融教育研究センター招聘教授 雨宮 正佳様
現役時代、日本銀行で金融政策や金融システム対策などの企画立案をしていた時に、過去のケーススタディや歴史を振り返ることが多くありました。もちろん主な対象はアメリカの大恐慌や日本の昭和恐慌、ニクソンショックや日本のバブル崩壊ですが、好きな落語の延長で江戸時代にも関心を持って調べてみると、江戸時代にも色々な経済の浮き沈みや経済政策の論争があったことがわかりました。改めて勉強してみると、江戸時代というのは文化や風俗や学問だけではなく、経済や社会の仕組みも大変興味深いものでした。
江戸時代については、封建的、閉鎖的、抑圧的といったネガティブな見方がつきまとっていました。例えば士農工商という身分制度に人々が縛られ活動が厳しく抑圧されていた、あるいは苛烈な年貢の取り立てで農民が苦しんでいた、鎖国政策のもとで世界の動向から切り離され、科学や技術の進歩からも取り残されていた、というイメージです。こうした江戸時代の評価が定着した理由はいくつかあります。歴史は勝者が描くもので、明治政府が明治維新の成果を誇るために、江戸時代の問題点やデメリットを強調した面もあるだろうと思います。そして支配階級が被支配階級を抑圧して搾取していたというマルクス主義的な思想もあったでしょう。特に影響が大きかったのは司馬史観で、坂の上の雲の冒頭文で「ちっぽけな経済、ちっぽけな日本」という印象をもたらしたように思います。とはいえ最近では江戸時代の名誉挽回が進んでおり、安定した社会構造の中で多様な文化と経済活動が花開いた時代と言ってもいいのではないかと考えています。
このような歴史認識の変化が端的に分かるのが中学や高校の歴史教科書で、この20年間で中身がだいぶ変わりました。士農工商という制度は否定され、また鎖国についても、管理貿易という側面にスポットがあてられています。徳川綱吉は評判の悪い将軍でしたが、綱吉の政治は平和な時代に文化や教育でもって文治政治にしようという転換点だったという評価になりました。田沼意次も積極的な産業政策や商業振興政策を行った経済政策マンと評価されています。江戸時代ではありませんが、今の教科書では、例えば聖徳太子は厩戸皇子という名前になり、鎌倉幕府成立は1192年から1185年、頼朝が守護・地頭の任命権を朝廷から許された年になっています。もうイイクニ作ろうではありません。
一国の経済規模といえばやはりGDPです。ここ数十年で数量経済史という分野が発達して、乏しいデータを使っての推論ができるようになりました。この分野をリードしたイギリスの学者の名前からマディソン統計と呼ばれており、これが基盤となってさまざまな国で研究されています。19世紀をマディソン統計で見てみると、世界の中で3000万人を超える人口を有する国はほとんどなく、日本はほぼ数百年にわたって世界の中でおそらくインド・中国に次ぐくらいの人口大国であったと思われます。日本の風土や土壌、特に米という生産物の人口維持能力がいかに高いかを物語っていて、加えて農業政策の向上も関係しているでしょう。GDPも欧州先進国に匹敵する相当な大国で、1853年にペリーが日本に来た時のGDPは、アメリカより日本のほうが大きかったのではないかと思われます。19世紀の先進国の植民地拡大の中で日本が植民地にならなかったのは様々な理由があると思いますが、おそらくこれほどの規模の国を植民地として支配することはコストがかかりすぎると判断されたのかもしれません。
このように江戸の日本は人口、GDPともに世界でも有数の大国だったわけですが、この規模の経済を支える取引や仕組み、インフラもかなり発達していました。米本位の自給自足経済ではなく、貨幣経済や市場経済もかなり高度に浸透しましたし、金融取引も盛んでした。世界で最初の組織化された金融先物市場は大阪の堂島米相場だと言われています。景気循環、インフレ、デフレもあり、幕府も経済政策の運営にかなり苦労をしていました。江戸時代の経済政策を現代的な観点から見ると、緊縮政策と積極政策がきれいに交互に現れているという特徴があります。江戸幕府の経済政策には、現在のような日本経済全体を考えた一面と、徳川家の財政事情を考えた両面がありました。元禄時代、勘定奉行だった萩原重秀は財政赤字補填のために貨幣の改鋳による景気刺激を行いました。この元禄バブルに対抗して引き締めたのが新井白石で、結果、デフレになってしまいました。徳川吉宗の前期は緊縮政策によって景気が低迷して物価が下がり、後期は転換して貨幣改鋳、金融緩和を行い、物価の下がりすぎを止めました。積極政策の田沼意次、緊縮政策の松平定信が続き、その後徳川家斉のもとで拡張政策が行われました。そこで進んだインフレを締め直そうとしたのが天保の改革の水野忠邦で、彼の政策に反対した町奉行が遠山の金さんです。水野忠邦が江戸中の芝居小屋を全部潰そうとした際に、金さんは芝居小屋を一か所に集めて管理しやすくするという案を作り、現在の浅草があります。
経済政策や経済理論についても色々な議論がありました。三浦梅園は1773年に価原という本を出し、経済学の父といわれるアダム・スミスと非常に似た考察をしています。また本多利明という学者はペリーが来航する70年前に、開国を主張し、日本語の標記をアルファベットするなど、世界標準に近づくべきだと言いました。日本の知識人が鎖国で世界情勢に疎かったという認識はだいぶ違います。
江戸時代のことを学ぶと、勤勉さ、器用さ、創意工夫の巧みさ、知的好奇心の豊かさなどを強く感じることができ、日本という国、あるいは日本人であることに対する誇りや自信を強めてくれると思います。今、日本は自信を喪失しているように見えます。しかし日本はこれまでも大きな困難や情勢の変化の波を何度も乗り越えてきました。こうした底力の背後にある日本人の特性や行動様式、得意分野は、おおよそ江戸時代に形成されたものです。江戸を知るということは自分たち日本人の特質はなにかを知るうえでの重要な足がかりになるのではないでしょうか。
ご清聴ありがとうございました。